ピッツァマンの憂鬱(小説調)
年始。
お正月ムード、というものはバンクーバーにはない。
しかし我々日本人はお正月ムードを本能のレベルで欲してしまう。
そこで結局正月くらいはということでその意思を共有できる仲間で集まり、ムードを勝手ながら自演し、それにどっぷり浸かるのである。
この「お正月ムード」を共有できる唯一無二の仲間はやはり日本人なのである。
毎日のようにまったりしては飲んで語らう、そんな風にお正月を思い切り満喫していた。
期末テストから始まった怒涛の12月を経てのやっとの安息である。
その日はバンクーバーから日本に帰ってしまう方々のFarewellということで、Broadwayのピッツァ屋に集まった(ピザではない。ピッツァ。これ大事)。
その店の名はOlympia Pizza
http://www.olympiapizzakits.com/
なんでもその方々にとっては非常に思い入れのある場所らしい。
それにふさわしく、大変雰囲気はよく、親しみやすさのなかにも少しの背伸びも感じさせる心地よい高級感が漂っていた。
ほんのり暗い内装と、彼らにとってのバンクーバー最後の夜という送別の空気が絶妙に絡み合い、柔らかなひと時を演出する。
すると颯爽とウェーターが現れた。
耳裏にペンをのせ、きりりとした面持ちはいかにも店を取り仕切る責務を全うするに値する風貌だ。
どのピッツァにするかい!?
とりあえずまだ全員揃っていないし、ということで
ビールと何個かのアぺタイザを注文することに。
Sure!!
なんとも威勢良いオーダー受理である。
その西洋風の面持ちの裏には家系ラーメン屋の才も兼ね備えているのだろうか。
だが彼を突き動かすのは濃厚豚骨スープではない。酸味のきいたトマトの上を踊るチーズにバジル、そう、ピッツァなのだ。
談笑のさなか、ピッツァマンは華麗にアペタイザを運んできた。
さぁ、ピッツァは決まったかい!?
アペタイザも来たばかりでの早々のピッツァ打診である。さすがである。
しかし繰り返すがまだ全員揃っていないので、とりあえず待ってもらうことに。
Sure take your time!
これは文字に落とすと伝えづらいのだが、このセリフの言い方もだいぶ粘っこい。
もはや喋り方がとろーり濃厚のびーるチーズなのだ。彼こそピッツァマン界で右に出るもののいないピッツァマンなのだ。
種々のアペタイザに舌鼓しつつ
私は例外なくビールをガブガブしつつ←
徐々に人も増えてきて、いろんなベクトルの話に花が咲く。
と、ピッツァマンはそろそろかと
あたかもずっとこのテーブルの機が熟すのを待ち構えていたかのような様相で
ピッツァは決まったかい!?
…しかし、肝心の送別対象たる先輩がまだ現れない。
残念ながら、我々のピッツァに対する熱は彼のそれの半分にも及んでいなかったのだ。
ピッツァマン、尚早であった。その尚早さは源頼政を思わせた。
とはいえせっかく来てもらったのだし、ということで
枯らしたピッチャーを渡してビールを補充してもらうことに。
彼はきっと、きっと思ったであろう。
ピッチャーやないねん!!
ピッツァやねん!!!!
わしがだしたいのは!!!
ピッチャーじゃなくて!!!!
ピッツァやねん!!!!
彼の喉元にとどまったこの叫びが、ほろ酔いの私にはしっかりと届いていた気がする。
彼は相変わらず颯爽とピッチャーを運んできた。
手が震えている。
禁断症状か。
ピッツアを焼きたくて仕方がない禁断症状なのか。
にしても本日の主役、なかなか現れない。
すると幹事があることを感づいた。
曰く、当初のイベントグループページには会の時間を7時半開始とポストしたのだが、後で6時に変更したそうだ。
つまり、彼らは開始時間が6時に上塗りされたことに気づいていないとみえる、ということだ。
なるほど、7時半まで来ないとなると結構な時間である。それならもうメインまで頼んでしまおう、お腹もすいている子もいるだろうし、ということに。
幹事の英断は我々のくすぶるピッツァ熱に油を流し込み、その温度の急上昇はピッツァマンをテーブルに引き寄せるに至った。
しかし、メニューにひしめく、めくるめくピッツァの数々は我々を快い迷いに導き、それはピッツァマンのフラストレーションを一層膨らめてしまった。
決めたかい!?
ピッツァマンはもう焼きたくて焼きたくて震えている。西野カナもドン引きの振動である。
が、正直ビールとアペタイザがだいぶ効いており、2軒目も考えていた我々の決断は無慈悲極まりないものだった。
(日本語)「1枚おっきなの頼んでシェアしよっか」
ピッツァマンはオーダーを今か今かと待っている。
今ここにいるのは総勢10人程度。もう彼の目は10枚のピッツァの創成を見据えているに相違なかった。
10枚のピッツァ生地それぞれに個性ある表情を添付し、命を吹き込むことに高揚しているに相違なかった。
(日本語)「とりあえず、みんなが食べれそうなものがいいな」
ということで、おすすめをきくことに。すると。
!!!!
ピッツァマンはまさに水を得た魚!!!!
まさにその勢い、滝のぼりすら辞さない活きのいい魚、その勢いの如く
とたんに饒舌になった!!!!
お勧めを延々と語るピッツァマン!!!!
リーガルハイの堺雅人にも匹敵する舌さばき!!!!
ピッツァマン今日一番の輝き!!!!
彼に語らせればピザ上の素材の数々は
まさ華麗なる大円舞台に舞う踊り子なのだ!!!!!
ベーコン!!!!アスパラガス!!!!ソーセージ!!!!トマト!!!!
そしてそれが纏うはチーズの雪化粧!!!!
一枚の生地上に交差するハーモニー!!!!
それはもはや1つの円上のシンフォニー!!!!
ピッツァマンの語りが指すのは或いは げ い じゅ つ !!!!
あぁ貴方の生涯の輝き、そのすべてが今この薄暗い店を光で満たすか!!!!
おぉピッツァマン!!!! 輝くピッツァマン!!!!!!!
彼の饒舌は不完全情報をほぼすべて払拭したと見える。
幹事は彼の勧め通りのピッツァの注文に至った。
そう。1枚のラージピッツァを。
そして幹事はメニューを閉じたのだ。
ピッツァマンの力なき声はもはや読者の皆にすら届いているであろう。
…Anything else?? Is that all???
・・・・・・・あぁピッツァマン!!!!! 悲しき哀しきピッツァマン!!!!!!
その輝きを輝きたるものとするには
1枚にラージピッツァはあまりにお粗末だ!!!!!
誰が彼を直視できようか!!!!
たった1枚のラージピッツァでオーダーをとりやめんとする
悪魔に取りつかれた我々を!!!!
満腹という名の悪魔に染まり切った我々を!!!!
どうか許してくれまいか!!!!!!
ピッツァを焼くことへの満たされぬ情熱をひきづったまま!!!!!
厨房に戻る彼を!!!!!
誰が救えようか!!!!!!
あぁ無念、あぁ無念ピッツァマン!!!!!!!!!!!
その背中にかつて携えたハツラツさ、それは今や欠片もなくなっていた。
まさに退役軍人のそれを思われる哀愁に満ちていた・・・・・。
その後1枚のラージピッツァを囲んだところで
本日の主役がやっとこさ登場。
ピッツァのピースを彼らに。
そして
まぁ飲もや、ということで
ビールを追加。
私には確かに聞こえた。
誰もが心の耳に栓をしたのも同時に感じたが、
私には、はっきりと聞こえたのだ。
ピッツァマンの悲痛を抱いた叫びが。
わしが!!!!!だしたいのは!!!!!!
ピッチャー!!!!!!!!!じゃなくて!!!!!!!!!!!
ピッツァ!!!!!!!!!やねん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
(やねん!!!!! やねん…… やねん…… やねん………)
結局ラージピッツァ1枚のみを焼かせ
悪魔の使徒たる我々は店を後にした。
店を出る際の彼の様は記憶から消えて然るべきだったのかもしれない。
いや、単純に結構飲んでて覚えていない。
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ちなみに2軒目はこちら。
こちらも相当に居心地のよいお店。
ソファ席はさながら家族団らん。
両軒ともUBCからバスですぐ、立地的にも便利。
皆さんぜひ。
Olympiaに戻るがピッツァ自体はとても美味でした。
次は各人ちゃんと1枚オーダーして
ちゃんと食べます。
まっててね、ピッツァマン。
てわけで、誰か一緒に行きましょ(^。^)